武水しぎの

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福岡簡裁平成16年1月29日判決 借主勝訴の敷金返還請求

2004年10月 6日

平成16年1月29日判決言渡 同日原本交付l
福岡簡易裁判所平成15年(ハ)30234号債務不存在確認等請求事件(以下「第1事件」という)
福岡簡易裁判所平成15年(ハ)第30374号敷金返還等請求事件(以下「第2事件」という)
平成15年12月18日弁論終結(第1事件及び第2事件)

判    決

第1事件原告,第2事件被告(以下「原告」という)
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第1事件被告,第2事件原告(以下「被告」という),
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主   文

1 原告と被告との間の平成11年12月18日締結の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約に基づく原告の被告に対する敷金返還債務は,金13万9784円を超えて存在しないことを確認する。
2 原告は,被告に対し,金13万9784円及びこれこ対する平成15年4月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告及び被告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1事件,第色事件を通じ原告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

(第1事件)
原告と被告との問の平成11年12月18日締結の別紙物件日録記載の建物(以下「本件建物」という)についての賃貸借契約(以下 「本件賃貸借契約」という)に基づく原告の被告に対する敷金返還債務は存在しないことを確認する。

(第2事件)
原告は.被告に対し,金22万7900円及びこれに対する平成15年4月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。


第2 事案の概要

1 請求原因の要旨

(第1事件)
本件賃貸借契約に基づき,被告が,原告に対し一 交付した敷金21万6000円の返還債務は存在しないことの確認請求。

(第2事件)
本件賃貸借契約に基づき,被告が,原告に対し.交付した敷金21万6000円の残金18万3700円.家賃清算金3万9600円及び保険解約金4600円の返還請求。

2 争いのない事実
被告が,原告に対し,敷金21万6000円を交付し,本件建物を平成15年4月10日明け渡したこと,原告が,被告に対し,家賃清算金3万9600円,保険解約金4600円の返還義務があること,被告が,原告に対し,水道代3900円,違約金2万7000円の支払義務があること,鍵交換費用1万0500円については,原告が被告の支払債務を免除したこと,については当事者間に争いはない。

3 争点
本件賃貸借契約の原状回復に関する特約条項(以下「本件特約」という)は有効か。

4 争点に対する当事者の主張

(1)原告
本件賃貸借契約には原状回復義務に関し,「原状回復の範囲は,別表1及び別表2に定める負担区分によるものとする。」とする条項がある。この別表1「費用負担区分表」には,「畳の表・裏がえし,襖・障子の張替,退去に伴う清掃費用については,入居期間が1年を超えるときは,貸借人が100パーセント負担する。クロスの張替費用については,入居期間が2年超4年以内のときは,貸借人が70パーセント負担する。」旨の記載がある。この特約は,いわゆる自然損耗による損傷も原状回復に含まれるとするものであるが.このような特約は,私的自治の原則から有効であり,特約の内容については仲介業者の代表者が被告に説明し,被告もこれを納得のうえで本件賃貸借契約書に署名押印している。また,福岡地区においては,畳表・襖・クロスについては,新品の状態で入居・し,新品に戻して退去するという慣習が,長く続いていることは,公知の事実である。被告が入居する直前の賃借人が退去した後も,原告は,畳表・襖・クロスを全て新品に替えている。
よって,本件特約は有効であり,原告は,被告に対し,原状回復費用として,金14万1569円(内訳:畳表替費用3方6000円,襖張替費用2万0600円,美装費用1万7000円,クロス張替費用6万0928円(8万7040円の70%),カーテンレールエンドキャップ代300円(被告による紛失)及び消費税6741円)の請求権がある。
なお,原告は,被告に対し,平成15年5月2日到達の書面で,原状回復費用及びその他の被告の債務合計金17万0787円をもって,同額の敷金返還債務と相殺する旨の意思表示をしている。

(2)被告
原状回復とは,原告の主張するような「完全に入居当初の状態に戻すこと」ではなく,借主が原状を変更(襖の好みの色や柄に張り替える等)したとき入居当初の状態に戻すことである。原告の主張する原状回復は,自然損耗分を含めて借主に修理義務を課すものであるが,このような考えは,旧建設省の委託を受けて財団法人不動産適正取引推進機構が,平成10年3月に公表した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下「ガイドライン」という)に反するものである,また,原告の主張する原状回復は,消費者である借主の利益を一方的に害するもので,消費者契約法に反し無効である。

第3 当裁判所の判断

1 消費者契約法の適用について
消費者契約法と本件特約との関係であるが,消費者契約法の施行は,平成13年4月1日であるから,平成11年12月18日締結の本件賃貸借契約に消費者契約法は適用されない。

2 本件特約と「ガイドライン」の関係について

(1)「ガイドライン」は,近年賃貸住宅の質の向上,既存ストックの有効活用の観点から,賃貸住宅のリフォームの促進が求められていたが,賃貸住宅のリフォームについては,貸貸人と賃借人との間の権利関係や,費用負担のルールが明確でないこと等もあり,十分に行われていない状況にあり,また,賃貸住宅の過去における原状回復について,その範囲や費用負担をめぐってトラブルが急増し,大きな問題となっていたため,原状回復にかかる契約関係,費用負担等のルールのあり方を明確にして,賃貸住宅契約の適正化を図り,リフォームを促進するため,旧建設省が財団法人不動産適正取引推進機構に委託し,その部会である「賃貸住宅リフォームの促進方策検討調査委員会」によって平成10年3月に公表されたものである。

(2)「ガイドライン」の基本的な考え方は.,建物の損耗等を建物価値の減少と位置づけ,損耗等を①建物・設備等の自然な劣化・損傷等(経年変化),②賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗),③賃借人の故意・過失,善管注意義務違反.その他通常の使用を超えるような使用による損耗等に区分する。原状回復については,③を念頭に置いて,「貸借人の住居.使用により発生した建物価値の減少のうち,貸借人の故意・過失,善管注意義務違反,その他通常の使用を超えるような使用による損耗等を復旧すること.と定義する。したがって,損耗等を補修・修繕する場合の費用については,③については貸借人が負担すべき費用と考え.他方,例えば次の入居者を確保する目的で行う設備の交換,化粧直しなどのリフォームについては,①,②の損耗等の修繕であり,賃貸人が負担すべきであるとしている。
そして.経年変化や通常損耗に対する修繕義務等を賃借人に負担させる特約は,法律上,社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため,①特約の必要性があり,かつ,暴利的でないなどの客観的,合理的理由が存在すること,②貸借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること,③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること,の要件が充たされていないと効力を争われる可能性があるとしている。

(3)旧建設省住宅局もこの「ガイドライン」について.「このガイドラインは,平成5年に建設省が住宅宅地審議会の答申を受けて作成した賃貸住宅標準契約書,民法や判例などの考え方を踏まえ,原状回復をめぐるトラブルの未然防止と円滑な解決のため,契約や退去の際に貸主・借主双方が予め理解しておくべき一般的なルール等を示したもので,実務の参考として,積極的に括用することを期待します。」と述べている。
また,社団法人全国宅地建物業保証協会,苦情解決業務委員会は 「ガ イドラインは近時の裁判例や取引の実務を考慮し,現時点で妥当と考えられる一般的基準を示したもので,これに強制されるものではないが,原状回復問題を処理するにあたり,会員の皆様としては最低限必要な知識と一しで理解しておくべきものと思います。」と業界の研修で述べている。
さらに,社団法人福岡県宅地建物取引業協会は,「ガイドライン」が公 表され,また,平成13年4月1日に消費者契約法が施行されたことを受け,従来の建物賃貸借契約書の雛形を見直し,改訂版を作成した。その内容は「地域の慣習に配慮しつつも,先に旧建設省が作成した原状回復のガイドラインとの整合性や,現状の賃貸市場も考慮し作成しています。」となっており,「ガイドライン」を尊重する趣旨がうかがえる。

3 原状回復に関する特約の効力を判断するための基準

(1)前項のとおり,「ガイドライン」には,法的拘束力はないが,公表の経緯からして合理的で十分実務の指針となるもので,宅地建物業界でも尊重されていることは顕著な事実である。よって,賃貸借契約の締結時,原状回復について特約条項を定める際は,「ガイドライン」が参考とされ,特約条項について疑義のある場合は「ガイドライン」がその解釈の指針となるべきである。

(2)そこで,「ガイドライン」を参考に,原状回復に関する特約の効力を判
断するための基準を考えることにする。
初めに,原状回復の意味内容であるが,原告は,「原状回復とは,自然損耗分も含め,可能な限り入居当初の状態に戻すような補修等をすることで,このような補修等を主に賃借人の負担ですることである。」と主張しているものと思われる。
しかし,そもそも建物は時の経過によって古くなり.減価していくも のであり,これをまったく元の状態に戻すのは不可能である。賃貸借は,そのような減価の進行する期間物件を賃借人に使用させることが前提となっており,賃貸人はその対価として家賃を受け取っているわけだから,通常の使用によって生ずる損耗・汚損は本来家賃でカバーされるべきである。
よって,原状回復とは,「ガイドライン」がいうように,「賃借人の住居,使用により発生した建物価値の減少のうち,賃借人の故意・過失,善管注意義務違反,その他通常の使用を超えるような使用による損耗等を復旧すること」と解し,自然損耗による補修等については,賃貸人が負担するものと解すべきである。
そうすると,自然損耗による補修等について,賃借人の負担とする特 約は,法律上,社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため,特別の事情があるときのみ有効になると解する。
そして,特別の事情の要件としては,①特約の必要性があること,② 特約の内容が明確で合理性があること,③貸借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること,④賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること,が必要と解する。
これに対し,原告は,賃借人の負担を大きくする特約も,当事者間で合意したものであれば,公序良俗に反しない限り有効だと主張する。しかし,当事者の合意を重視するとしても.合意の内容が法律上,社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すものである場合は,義務を負担する者が.その義務の内容を理解し納得して義務負担の意思を表明しなければならないと考える。よって,当事者が合意した特約であっても,その合意の実質を問題にし,特別の要件を付加して特約の有効性を判断することは,私的自治の原則に基づく契約関係を.より公平で社会的妥当性のあるものにするためにも必要であり,私的自治の原則には反しないと解する。

4 本件特約の有効性について
本件特約が,前項(2)の①~④の特別の事情の要件を充すことにより,効力が認められないか検討する。

(1)まず,①の要件について検討する。
原告は,特に特約の必要性について主張していないが,「福岡地区にいては,畳表・襖・クロスについては,新品の状態で入居し,新品にして退去するという慣習が,長く続いていることは,公知の事実である」と述べているところは,特約の必要性に関するものとみることができる。
しかし,このような事実が,慣習になっていることの証明はなく.特約の必要性とはなりえない。また,弁論の全趣旨から判断しても,他に建物の状況やその他の事情により賃料が特に低く抑えられていた等の事情もなく,本件特約の必要性は認められない。

(2)次に,②の要件について検討する。
本件特約は,別表「費用負担区分表」により,備品等の修理・取替について,賃貸人と賃借人の負担についての定めがなされているが,畳表・襖・クロスの張替.退去に伴う清掃については,その範囲や内容が明らかでない。自然損耗による補修等を賃借人の負担とすることも明確には表記されていない。
原告が主張する「新品の状態で入居し,新品たして退去する」という条項を盛り込んだ特約が,福岡地区で見られるとしても,このような特約は,次の入居者を確保する目的で行う設備の交換ないし化粧直しなどのリフォームを賃借人に負担させるものであり,民法の基本原則や「ガイドライン」の基準を大きく超えており,賃借人に著しく不利益となるもので合理性がない。
本件特約の別表2 「修繕項目基準一覧」によると,「なお,修理または交換の決定は,甲(賃貸人)において甲(賃貸人)の指定する業者と協議のうえ決定するものとします」となっている。この規定によると,補修の必要性,範囲は,賃貸人が一方的に決定できるようになっており,この点からも,本件特約は合理的とはいえない。
よって,本件特約は,明確性や合理性の点からも疑問で,この要件を充たしているとはいえない。

(3)最後に③,④の要件について検討する。
原告は,「敷金等の清算に関する事項については,重要事項説明書(甲3号証)に手書きで「原状回復=別紙賃貸借契約書第19条及び(別表l)費用負担区分表によるものとします」と記載されており,仲介業者の「○○不動産」の代表者CCCCが,被告本人に対して,建物賃貸借契約書(甲第2号証)の7ページ~8ページの費用負担区分表を見せながらその説明をしている。その際,被告からは質問は一切出ず,重要事項説明書の裏面に説明を受けたことを認める署名押印がなされた。」と主張する。
しかしながら,前述したように,本件特約の内容は明確性に欠け,合 理性もないので,このような特約に合意して署名押印したとしても,被告が通常の義務を超えた修繕義務の負担を理解し納得してその義務負担の意思を表明したとみることばできない。
よって,③・④の要件も充たされていない。

(4)以上のとおり;本件特約軌 特別の事情の要件①~④を充たしていないことが明らかであるので.無効ということになる。
よって,本件においては,民法の基本原則や「ガイドライン」の基準のとおり,自然損耗を超えて貸借人に故意・過失のある損耗の補修等についての み貸借人の負担になると解する。

5 原告が相殺において主張できる自動債権の範囲

原告が被告に請求する補修費用のうち,①畳・襖については,被告が損傷につき自己の責任を認める右和室押入襖l枚を除いて,すべて自然観耗とみることができ,被告が故意・過失等により損傷を加えたものはないので.原告が負担すべきである。②クロスについては原告が自然損耗による損傷であること を認めているので,原告が負担すべきである。③ハウスクリ-ニング(美装)については.本件では,原告が次の入居者を確保するための化粧直しであり,自然損耗を超える補修とみることができるから,原告が負担すべきである。④カーテンレールエンドキャップについては,被告が賃貸中に紛失したとみることができるので,被告が負担すべきである。
そうすると,原告が被台に請求できる補修費用は,襖1枚張替代1400円とカーテンレールエンドキャップ代300円に消費税を加算した合計金1785円についてのみということになり,原告が相殺において主張できる自働債権は,補修費用金1785円と,当事者間で争いのない水道料3900円,違約金2万7000円の合計金3万2685円ということになる。

6 結論

以上のとおり,原告が被告に対し返還すべき金員は,被告が原告に対し交付した敷金21万6000円と当事者間で争いのない家賃3万9600円、保険4600円の合計金26万0200円と,原告が主張できる自働債権金3万2685円を対当額で相殺した金22万7515円ということになる。
ところで,原告は,敷金返還等債務として金8万7731円を認め,既にこれを弁済したことが証拠により認められるので,原告は,被告に対し,金22万7515円から金8万7731円を差し引いた金13万9784円を返還すべきことになる。
よって,原告は,被告に対し,金13万9784円の債務があることになり,また,原告は,被告に対し,この金員を支払うべきことになるので主文のとおり判決することとする。

福岡簡易裁判所

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