敷金空き室泣き面に蜂
フクさんはアパートを一つ持っています。1Rの部屋が10戸の2階建てです。
築10年を過ぎ、そろそろと空き室が増えてまいりました。今、空き室は2戸。
フクさんにとって頭の痛いことは、この地区の家賃下落が激しいことです。
今の募集値段は3万円。それでも値下げしろと交渉されます。
古くから入っている人もいるので、それがこの物件の総収入を押し上げています。しかし、借入金を返済し、固定資産税を払い、個人事業税を払い、所得税を払い……。
フクさんは毎月入金の期日に、
「今月は返済金を払えるかしら」
と、どきどきしながら記帳にでかけます。
幸い、この物件に入っている人に滞納者はなく、ああ、今月も無事払えた、と胸をなでおろすのが通例です。そして、来年度の税金の支払いや修繕のために何がしかのお金を積み立てます。
そんな経営状態ですから、生活の原資はもう一つ持っている駐車場の収入と年金です。年金も国民年金ですからないよりましな程度です。
と、そこへハガキが舞い込みました。103号の田中さんから退去届けです。
フクさんは一瞬、
「見なかったことにしよう」
と思いました。しかしもちろん、そんなわけにはいきません。
9月月半ばの退去です。あと半月しかありません。
いくら悲しんでも田中さんが退去してしまうことには変わりありません。
泣く泣く立会い日を確認し、その日が来て田中さんは退去しました。
これで空き室は3室です。
さあ困りました。
詰まっている7室で計算してみると、月々の返済はなんとかなりそうです。
でも積み立てががたっと減ります。すなわち、税金の支払いと修理の原資に困るのが目に見えてフクさんは頭を抱えました。
不動産屋さんに相談し、客付けに力を入れてください、とお願いします。
賃料が安くても、不動産屋さんの手間は同じです。フクさんは広告料を2ヶ月分払いますので、とお願いして回りました。
毎日アパートの前を掃除していても、空き室が増えるとなんとなく物件自体がうら寂しく感じます。花でも植えたら明るくなるかしらん、とため息をついたフクさんの元に、郵便が届きました。
「特別送達」と赤い文字も仰々しく記されてあります。
なんと、この間退去した田中さんから、フクさんは訴えられてしまったのです。
フクさんは田中さんに、敷金15万円を返しませんでした。
だって、退去届けから退去までは半月しかありませんでした。契約上、退去の申し出は1ヶ月前までにすることになってます。さらに退去月の賃料は日割り計算しないことになっていましたから、10月分までの家賃を敷金から引きました。
それに田中さんはヘビースモーカーだったので、クロスにまっきっ黄。お風呂はカビの染み。全体は掃除してありましたが、クロス代とハウスクリーニング代を引きました。
フクさんにしてみたら足がでるぐらいだったのですが、敷金以上の請求はしなかったのです。
フクさんは年を取っていますので、退去立会いは懇意の業者さんに依頼しています。
立会いの時に、田中さんに確認のサインをしてもらってるのですが、よく考えると納得できなかったらしく、返金を求めてきている、と業者さんから聞いてはいました。
田中さん側から見ると、のらくらして全く返事をしないように見えたのでしょう、ついに提訴となったようです。
訴状とともに、少額訴訟の期日が連絡されてありました。
少額訴訟は即日結審することはフクさんも知っていましたので、あわててとるものもとりあえず、通常訴訟移行の手続きを取りました。とにかく時間が欲しい、と思ったのです。心の準備をする時間です。
返せ、といわれても、もうあのお金は改装に使ってしまいました。
弁護士に頼むと費用もかかります。勝ててもその費用に消えてしまいそうな気がしてフクさんは悲しくなりました。応じなければ自動的に敗訴ですから払わなければなりません。ただでさえ経営は楽じゃないのに……。
業者さんにたのんで、立会い時の写真や書類を預かりましたが、さてどうしたものか、とフクさんは深ーいため息をもう一度つきました。
賃貸人側から敷金訴訟の前夜を描いて見ました。訴訟はまさに「事件」ですから貸借双方にドラマが生じます。
今回、フクさんの行った敷金清算が妥当かどうかは、今回の本題とは異なりますので、あまり気にしないようにヨロシク。
実は、フクさんでなく、サラリーマン大家さんで書こうかとも思いましたが、結局書きなれたキャラクターで書いちゃいました。
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