恩師の死

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野外活動のボランティアリーダーをしていたころの恩師が亡くなりました。

教わったことを忘れないために、ここに記しておきます。

「薪のようになりなさい」

「頭で覚えたことはいつか忘れる。けれど身体で覚えたことはいつか頭に届く」

ほかにも、言葉ではあらわせないものがいっぱい。
ありがとうございました。感謝をこめて。

恩師は敬虔なクリスチャンだったので、私もキリスト教式のお通夜に初めて参りました。

お祈りでびっくり。
故人の冥福を祈るのではなく、
「残されたものの悲しみを癒してください」
と祈るのです。
故人はすでに神の御元に召されたのですから、改めて冥福を祈る必要はないのでしょう。


私は人の魂というものは遠くから来て、遠くへ行く。そしてまた還ってくる。という非常にアニミズム的な死生観を持ってます。キリスト教を初めとする一神教的死生観は、理屈ではわかっても、骨身に染みることはありません。
(私は理系出身なのだが、研究室配属時代、「科学」のもっているキリスト教くささが、ずいぶんモチベーションの壁になった)


ですから私は神の御元には決して行かないでしょうから、あの世で恩師にはきっと会えないな。
そう思うと、今この時ばかりはクリスチャンの方がうらやましくなりました。

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 仏教の基本思想は“死んだら終わり”というものだそうですね。要は、現世での生き方を説くものだとか。輪廻であるとか、蓮の花の咲く極楽浄土だとかはみんな“後付け”の勧誘策だそうで。 で、私も“死んだら終わり”と考えてました。元々若い頃は『宗教はアヘンである』と言う方でしたので“あの世”とか“来世”なんて糞食らえ! でも、女房を亡くして『あったら良いなぁ』ってちょっと考えてます。

学生時代に、日本の仏教は非常に土俗化している、というのを教養科目の授業で聞きました。「山川草木悉皆成仏」なんていうのは日本だけだそうです。生まれ変わるのにあの世で会えると考えるのも、矛盾してるうですけれど(苦笑)。おおらかに思ってます。

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このページは、が2008年6月 1日 23:32に書いたブログ記事です。

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