京都に住まえば…
こないだ本屋で手に取った雑誌。
略して「キョースマ!」
この略し方にも笑ったが、淡交社の出版だったんで、もっぺん笑った。
だって、ノリがミーツ!なんだもの。
学生時代京都で過ごした(住んでたわけじゃないけど)ので、懐かしい地名がいっぱい!
記事の中からいくつかピックアップして、紹介と感想を。
葵学区。
ーーーーー
京都で葵学区といえば、「ええとこ」というのが、共通認識である。
(中略)
今ではブランド住宅街になっている北園町界隈も、昭和5年に区画整理されている。この時点ですでに界隈には百坪以上の区画が並んでいる。当時羽振りのよかった京都人が別宅を建て、移り住んだのではないか。
ーーーーー
芦屋・帝塚山ほど有名ではないが、昭和初期に開発された住宅地は、今でも高級住宅街のところが多い。「良い衆(ええし)=分限者」が郊外に別荘を持つことが流行った時代である。
関西各私鉄の初期の分譲地に多く、雛人形のコレクションで有名な、藤井寺の沢井邸もおそらくこの時期。
100坪以上の区画、中廊下式の木造2階建て。座敷・次の間を備え、広縁がその周りに巡らされる。1階・2階の両方に座敷があることも多く、2階座敷からは見晴らしがよい。必ず玄関付近に洋室(応接間)があるのも特徴である。これが当時の高級別荘の流行だったらしい。
箕面しかり、雲雀ケ丘しかり。北摂津および阪神間山麓の高級イメージはたぶんこの頃に始まるのだと思うし、近鉄沿線の中古住宅では「近鉄不動産分譲地」というのがウリになるのである。
私にはこの手の高級住宅地=私鉄の開発、というイメージがあるのだけれど、葵学区のこの成り立ちは知らなかったので新鮮だった。
町屋暮らしに関するいくつかの記事
ーーーーーーーーー
見るからに年季もの。とは言え、過剰に「和」を演出するでもなく、ほとんどの家具は以前、マンション暮らしの際に使っていたものをそのまま。奥の6畳間にはソファ、部屋の片隅にはMacもある。
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全然フツーやん(笑)。民家暮らしだから民具でそろえて、なんて生活してる人、私は見たことないよ!
うちのまわりも田舎やから、築80年、100年は珍しくないですが、普通に今の家具使って普通に調和してます。
と、いうか、そういう自然体でないと住み続けらんない。
民家で昔されたリフォームを今見て、エラクちぐはぐな印象を受けることがあります。なんでこんなフローリングなんよ!とか、このプリント合板の壁はないだろう!とか。
でも、施工当時はそんな印象はなかったんだと思います。そりゃ予算の都合でベストからベターになったものはあるでしょうけれど。
ちぐはぐな印象を持つのは、見る側の意識が変わったんだと思いますよ。
住みながら住み心地に合わせて手を入れていく。それが住居だと思うんで、住んだ歴史のパッチワークになるのは当たり前だと思うし、自分もパッチワークをして次の人に渡せるのは幸せだと思うのです。
よく建築家が家族構成に合わせた提案をしますが(頼む側も「自分たちのために」感があるので嬉しいですけど)、家の寿命は家族の寿命より長いですよね。
建築関係の本で
「誰にでも合う、は誰にも合わない」
という言葉をみかけましたが、合わない部分を埋めていくのが生活の楽しみな気もしますよ。
と、ゆーわけで新築信仰もいいけど、住み継いでいくのもいいものですよ。
で、この雑誌を読んで一番思ったこと。
町家の記事で。
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大家の山本さんも実は将来、ここに住みたいと考えている
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京阪神に職場があるなら、今すぐ住め!
十分通える!
こないだ本屋で手に取った雑誌。
略して「キョースマ!」
この略し方にも笑ったが、淡交社の出版だったんで、もっぺん笑った。
だって、ノリがミーツ!なんだもの。
学生時代京都で過ごした(住んでたわけじゃないけど)ので、懐かしい地名がいっぱい!
記事の中からいくつかピックアップして、紹介と感想を。
葵学区。
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京都で葵学区といえば、「ええとこ」というのが、共通認識である。
(中略)
今ではブランド住宅街になっている北園町界隈も、昭和5年に区画整理されている。この時点ですでに界隈には百坪以上の区画が並んでいる。当時羽振りのよかった京都人が別宅を建て、移り住んだのではないか。
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芦屋・帝塚山ほど有名ではないが、昭和初期に開発された住宅地は、今でも高級住宅街のところが多い。「良い衆(ええし)=分限者」が郊外に別荘を持つことが流行った時代である。
関西各私鉄の初期の分譲地に多く、雛人形のコレクションで有名な、藤井寺の沢井邸もおそらくこの時期。
100坪以上の区画、中廊下式の木造2階建て。座敷・次の間を備え、広縁がその周りに巡らされる。1階・2階の両方に座敷があることも多く、2階座敷からは見晴らしがよい。必ず玄関付近に洋室(応接間)があるのも特徴である。これが当時の高級別荘の流行だったらしい。
箕面しかり、雲雀ケ丘しかり。北摂津および阪神間山麓の高級イメージはたぶんこの頃に始まるのだと思うし、近鉄沿線の中古住宅では「近鉄不動産分譲地」というのがウリになるのである。
私にはこの手の高級住宅地=私鉄の開発、というイメージがあるのだけれど、葵学区のこの成り立ちは知らなかったので新鮮だった。
町屋暮らしに関するいくつかの記事
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見るからに年季もの。とは言え、過剰に「和」を演出するでもなく、ほとんどの家具は以前、マンション暮らしの際に使っていたものをそのまま。奥の6畳間にはソファ、部屋の片隅にはMacもある。
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全然フツーやん(笑)。民家暮らしだから民具でそろえて、なんて生活してる人、私は見たことないよ!
うちのまわりも田舎やから、築80年、100年は珍しくないですが、普通に今の家具使って普通に調和してます。
と、いうか、そういう自然体でないと住み続けらんない。
民家で昔されたリフォームを今見て、エラクちぐはぐな印象を受けることがあります。なんでこんなフローリングなんよ!とか、このプリント合板の壁はないだろう!とか。
でも、施工当時はそんな印象はなかったんだと思います。そりゃ予算の都合でベストからベターになったものはあるでしょうけれど。
ちぐはぐな印象を持つのは、見る側の意識が変わったんだと思いますよ。
住みながら住み心地に合わせて手を入れていく。それが住居だと思うんで、住んだ歴史のパッチワークになるのは当たり前だと思うし、自分もパッチワークをして次の人に渡せるのは幸せだと思うのです。
よく建築家が家族構成に合わせた提案をしますが(頼む側も「自分たちのために」感があるので嬉しいですけど)、家の寿命は家族の寿命より長いですよね。
建築関係の本で
「誰にでも合う、は誰にも合わない」
という言葉をみかけましたが、合わない部分を埋めていくのが生活の楽しみな気もしますよ。
と、ゆーわけで新築信仰もいいけど、住み継いでいくのもいいものですよ。
で、この雑誌を読んで一番思ったこと。
町家の記事で。
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大家の山本さんも実は将来、ここに住みたいと考えている
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京阪神に職場があるなら、今すぐ住め!
十分通える!





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