前のカキコで、成実と宗貞の論争を書いたけど、もう1個エピソードが治家記録に載ってました。(超意訳)
政宗の旗本の松本若狭に
「さっさと戦に参加して手柄たててこい!」
と励ました。
若狭が、
「いや、殿の下知を受けてませんから」
と遠慮すると
「あーもー、手柄たてたら文句ないって。俺が責任とるから行って来い!」
みたいな感じ。
果たして若狭は手柄をたてて、政宗に褒められました。
……コレはコレで、なんだかなぁ。
なんで成実が政宗のそば近くにいる若狭のトコにいるんだ。
先発の片倉隊が道明寺付近(国分片山)に着いたのが、5/5の午後4時。
政宗の到着が午後8時。
大和から河内平野に向かった関東方は、20000余。この人数が竜田越を通ってくる、しかも隊将はそうそうたるお大名だから、きっと奈良街道は大混雑大渋滞だったろうな(^^ゞ

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