司馬遼太郎の「街道をゆく」がいま、再編集されて雑誌で出てます。
今号は仙台だった。
立ち読みをすると、仙台平野のことを「沃土」と表現してました。
一藩の経済を米に頼り不足するところのないほどの沃土。
この沃土は政宗にはじまる、みたいな。
最近よくひっかかるんですが、どこの地方史を読んでても――いや、私のコトだから宮城県内の地方史なんですが――水沢も登米も亘理も白石も、おおよそ全てのところで、
「ウチの殿さまが来たときには荒れた土地だったのを、がんばってこんだけ発展させたんだよ」
みたいな書き方がしてあるんですね。
でもその「殿さま」はホントにその土地を「荒れた土地」だと思ってたのかな???
そりゃ、記録を書いた人から見れば、「殿さまが来たとき」=過去は荒れた土地だったでしょう。
でもそれが当然のところだと、だれもそうは思わないんじゃあないだろーか。
たぶん伊達家中が懐かしんだ、信達地方や置賜地方も上杉家は似たような書き方をしている気がしますよ。

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