「五郎」の謎

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掲示板で野崎さんに教えていただいた、天正2年4/20、「五郎」が平に言ってる記事。
「福島市史」の方では小林先生の注で、この「五郎」を成実としているとのこと。
確かに4/20の記事は、「五郎」=実元では不自然なのよね。占領後の交渉中になにふらふら岩城へ行ってんだ、ってことになるから。
「福島県史」では、2/12・6/20・9/23の注で「五郎」=実元とし、4/20には注がついてない。
両方に小林先生がかんでるんだけどな(^^ゞ
ちなみに成実は数えで8歳。今の小1。で、元服前。

元服前なので童名であるべきなのだが、家の通称が固定化されていれば元服前でも文書にその通称を記す例は、ほかならぬ伊達本家にある。
もっとも、伊達実元系は成実で2代目なので、通称を固定化して当然かどうかは、時代性を考えても微妙なラインであろう。

なんにしても、「五郎」が実元が成実かすごく気になるので、輝宗日記の関連記事を拾い出してみやう。

2/12 五郎殿より松大へ状参り候
4/4 大もりより、八丁目昨日三日のつとり候との到来
4/5 又田村よりの到来、八丁目の義について、四郎へもん大森へ使にこし候
4/18 杉妻・八丁目よりひきやく参候。八丁目よりはひよう物のこと
4/20 同八丁目より、二本松よりしきり御こんほう、いつかたの陣へなりとも50騎つつのかうりょくとの事。(中略) 五郎殿、御ひかしうえさまよりふみ参候。五郎殿平に御さ候。
6/20 田村より状参候、一昨日五郎殿泉地へ御入候、もかみくち如思召候事、大悦義由被指越候
7/10 大もりより志賀備前守使にまかり被越候、二本松のことについて
9/23 五郎殿よりかたなとき、さやにてこし候へとて参候
閏11/10 大もりよりつめぬけにて、かん合候とて参候
12/16 大森より状参候、堀能はらい候とて、二本松より到来候との事

しかし、書き写すと気になることが、わらわらと。
「ひよう物」とか「つめぬけ」ってなんじゃらほい。
「泉地」ってどこ???
志賀さんの「まかりこされ候」って表現が丁寧! なんで?

とりあえずあとで「治家記録」ももっぺん読もうっと。

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このページは、が2005年6月20日 22:39に書いたブログ記事です。

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