「書簡」に10通追加。
2005年4月アーカイブ
滞納者に対する明渡し裁判の判決がありました。
欠席裁判だったので、1回目の口頭弁論の後、一週間後の判決言い渡し。
すげぇ早い。
来なくていいよ、と裁判官が言ってくれたので、郵送されてくるのを待ってます。
あ。仮執行請求するの忘れてたかも。
確定を待って、次は強制執行の申立だ。
地代を滞納し続けている人がいるので、出てってもらう裁判をしようとしている。
数年分未払いで供託もしてないので、すいすいすいっと進むものだと思っていた。
宅地を貸しているので、当然上には借地人の住居がある。
それを除けてもらわなあかんので、登記簿と固定資産税評価証明書を弁護士さんが取った。
と、いうところでややこしくなった。
で、彼(借地人)の住む家屋の登記が……ない! 固定資産税は未登記扱いで課税されていることが判明。うちが底地を売ったらどーすんだ。
ところが、閉鎖登記簿を念のためチェックすると、表題部に彼の前の借地権者が所有者として記載されている家屋を発見。で、その家屋を、全く知らない人物が所有権保存登記をしていた。
誰、この人????
転借人? それとも前の権利者の相続人?
いや、それよりも。
建物は一つなのに、なぜ記録は二つあるのだ。しかも両方とも現在も課税されてるし。
本題とは全く別のところでやーこしくなっちまった。あの建物は誰のなんだ???
http://www.ngis.co.jp/index.html
某FC系の業者さんから電話。空き室確認とそれから……
「今、借主の方のお引越しにキャンペーンやってまして」
ほぅ。
「うちの系列の引越し会社をお使いくださった方には2万円のキャッシュバックをしてるんです」
ほぅほぅ。いろいろと顧客サービスに努力してるんだなぁ。でもそれで貸主のうちとなんの関係が?
「で、その2万円は家主さんからのご負担ということでですね、ご協力いただけますでしょうか?」
はぁ???? 自分とこは腹を痛めずにそーゆーことを言うのか……。
うちは今空き室対策に、仲介料に+αしてるから、αの部分から出すならいいよ、と返事。
一瞬ずうずうしい、と思ったが、スーパーなんかでメーカーと小売が共同キャンペーンやってるのも似たようなもんか、と自分を納得させた。
こっちもフリーレント期間をいれるとか、借主に商品券出すとかこせこせとしたキャンペーンをしようとしたこともある。でも概して業者さんにはめんどくさがられる。
だからこの手ので唯一実績があがったのは、業者ではなく、入居者や地縁の人の口コミで、紹介者・契約者ともに粗品を渡したときだった。
しかし、不特定多数の客が出入りする業者さんの店頭で、個人家主がそれをするには工夫が必要かも。組合でするとか(^^ゞ
片倉景綱が白石移封を命じられたとき、病気でしばらく神宮寺村にとどまっていた(片倉代々記)、という記載について。
神宮寺村ってどこよ?
というわけで地図サイトで検索してみた。
宮城県亘理郡亘理町逢隈神宮寺
山ひとつ越えたら角田領、って感じのトコ。
しかし、よく見るとこの逢隈神宮寺ってやたらひろい。蓑輪峠を西端として、東はJRを越えるじゃないか。
地形図を見る。お、小さな山の上に寺があるな。これかな。
いろいろググって見ると、京極夏彦のサイトに、亘理郡にも「皿屋敷」伝説があると書いてあった(-_-;)
茂庭村の川
綱元のそだったとこ(たぶん)。
近所の人の苦情あり。
これはいつもこたえる。げっそり。
注文してた水沢市史の中世編と近世1編が届く!(^^)!
留守さんちだけに期待していたが、それを上回る資料のそろいぐあい!
すばらしい! でも読むのに時間かかりそう。
留守さんちといえば、政景なのだが、大雑把に言って天正18年ごろまでは政宗の手紙の宛名に「雪斎」と書いてある。で敬称なし。
ところが移封後は通称が「上野」になって、手紙も継承付なのよね。
前にどっかで読んだ本の紹介の中に、「入道して雪斎と称す」とか書いてあった気がするが、若い頃にしか「雪斎」って使ってないやん。
芦名止々斎のように雅号なのかな?
元安斎や棲安斎にも宛名に敬称がつかないので、号のときにはつけないのかな、と想像してみる。
そんな疑問の答えもあるかな、とわくわくしながら、これからゆっくり読みます。
滞納してた人が支払ってくれました。
……なぜか仲介しただけの業者さんに。
……しかもハンパ。
まだ約一ヶ月分残ってるんですけど……。
脱力。
わざわざ持ってきてくれた業者さん、ありがとう。
伊達開拓記念館に寛永雛があるそうな。
……と、いうことは宗実の奥さんのかな。

最近のコメント