政宗が成実に手を合わせて感謝したこと

| コメント(0) | トラックバック(0)

今度UPしようと思って、天和の訴願に記載されている成実の功績をテキスト化中。

天和2年、亘理伊達家当主が幼くして急死。藩は末期養子をたて、知行半減という方針だった。それに家中は反発、別の養子を希望し、しかも領地は全部安堵してくれと訴えでた。
実元・成実の忠功を列記して、「これだけの功があるんだから減らさないで(ToT)。 跡目は中村伊豆がいいな」

その中に成実の功績として、秀次事件の折の忠言があげられてる。
家中にはいまさら上洛しても切腹になるだけだから行くな、という意見もあったが、政宗は
「岩出山でぐずぐずしてんと、早く伏見へ上って申し開きしてこい。万一切腹になったら後はまかせろ。弔い合戦してやる(超意訳)」
と、いう成実の意見を採用。
早い上洛が功を奏して疑惑は解けましたとさ。政宗は、その方のおかげだ、と手を合わせて感謝したとか。

ある意味、すごい強気です、成実。
「お国の儀は拙者にあいまかされるべく候」

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.o-yasan.jp/mt/mt-tb.cgi/453

コメントする

管理人

ヨメに来たら賃貸住宅のお世話がくっついてきた! 大家の立場で賃貸裏話を発信中!

Photo

  • 2011 04 30_0016.JPG
  • xy3qi.jpg
  • 80tqm.jpg
  • 67806296.jpg
  • ua1wv.jpg
  • driwf.jpg
  • 2010 10 10_9697.jpg
  • _S8O0642.jpg
  • 2010 10 10_9694.jpg
  • _S8O0096.jpg

このブログ記事について

このページは、が2005年2月25日 23:14に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「支払利息について」です。

次のブログ記事は「トイレのぱっこん」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。