仕事で隣県の県庁と法務局をハシゴしたので、高速道路を走っている間はハンドル握りながら妄想し放題。
成実の「斬りこみ隊長」的イメージは人取橋合戦でついたんだと思うが、ホントにそーゆー戦い方したのって、実はそれだけのような気もする。
政策上はほぼ主戦論で一貫してるけど。
香車の陣羽織や具足、毛虫の前立はイメージ戦略上大いに役立ってるんだろう、と思う。
交友関係の妄想。
実元と元宗は仲よさそう。
成実と政景も同じ印象。
こないだ「仙台武鑑」を読んでたら、万治年間の一門が書き上げた各家の由来が載ってて面白かった。
「うちは元宗のころは政景より上座だったけど、重宗のときに政景のお願いで席次を交代しました」と書いた涌谷伊達家。けっこう席次にはいろいろあったのね。
「成実の代に客座になりました」と書いた亘理伊達家。じゃ、それまでは?
石川さんちとか、白川さん、岩城さんちの書き上げに、いろいろと新参の客のという席次の話も載ってた。「一門」という枠組みができる前の話のよーで。
……綱宗の頃の記録読むのもいろいろわかりそう。

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