伊達宗澄と久保姫

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最近気になったお手紙について。

晴宗の兄弟の中でも影の薄い伊達碩斎宗澄。
地味ながら活動の記録がちゃんとあるわりに、没年すらわからないかわいそーな人。
いつ死んだのかなぁ、と思ってたら、天正18年の政宗→鉄斎宗清の手紙に、宗澄の跡目の話が出てくるので、そのあたりではないかと。
「跡目のことはまかせろ」とか言っときながら、時期が時期だけにうやむやになっちゃったみたい。たぶん他の家臣に割り当てられたに違いない(爆)。
宗清と宗澄で仲良しだったらいいなぁ、という妄想。

政宗→成実の手紙。
盛重の国分掌握がゴタゴタしてる件で、栽松院(久保姫)が輿を出してるから、お前行ってなだめてくれ、的なお手紙。
義姫の中山峠のエピソードを思い出しました。女性陣強し!
政宗が成実に押し付けてるのがけっこう笑えたり。早乙女貢の小説でも阿南姫をなだめてるし。フェミニストな成実もいいかも知れない(笑)。

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このページは、が2004年12月 8日 09:48に書いたブログ記事です。

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