京都地裁平成16年3月16日判決 借主側の敷金返還請求一部認容(通常損耗負担の消費者契約法による無効)

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事件番号  :平成15年(ワ)第162号等
事件名   :敷金返還請求等
裁判年月日 :H16. 3.16
裁判所名  :京都地方裁判所
部     :第7民事部
結果    :一部認容

判示事項の要旨:

1 消費者契約法施行前に締結された建物賃貸借契約が同法施行後に当事者の合意により更新された場合,更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。

2 建物賃貸借契約に付された自然損耗及び通常の使用による損耗について賃借人に原状回復義務を負担させる特約は消費者契約法10条により無効である。

主    文

1 被告Aは,原告に対し,20万円及びこれに対する平成14年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告B社に対する請求及び被告B社の原告に対する反訴請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は,第1事件,第2事件及び第2事件反訴を通じ,原告,被告A及び被告B社の負担とする。

4 この判決の1項及び3項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

(第1事件)

被告Aは,原告に対し,20万円及びこれに対する平成14年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第2事件)

被告B社は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成15年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(第2事件反訴)

原告は,被告B社に対し,20万円及びこれに対する平成15年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

(第1事件)

本件は,原告が,被告Aに対し,原告と同被告との間の建物賃貸借契約の終了及び建物の明渡しを理由に,敷金20万円及びこれに対する第1事件の訴状送達の日の翌日である平成14年11月30日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めたところ,同被告は,原状回復特約に基づく原状回復費用を控除すると返還すべき敷金はないこと及び原告は建物明渡しの際に原状回復費用を控除すると返還すべき敷金はないことを了解したと主張し,これに対し,原告は上記原状回復特約は無効であると主張するとともに,上記了解を否認した事案である。

(第2事件及び第2事件反訴)

本件は,原告が,被告B社に対して,同被告は無効な原状回復特約を被告Aに使用させるなどの不法行為をし,そのために原告は前記敷金の返還を受けることができなかったとして,敷金20万円及び弁護士費用10万円相当の損害賠償金合計30万円並びにこれに対する第2事件の訴状送達の日の翌日である平成15年3月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めたところ,被告B社は,不法行為の成立及び損害の発生を否認するともに,原告の第2事件の訴え提起は不法行為であるとして,応訴のための弁護士費用相当の損害賠償金20万円及びこれに対する第2事件の訴え提起の日である平成15年3月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める反訴を提起した事案である。

1 争いない事実

(1) 原告は,平成10年7月1日,被告Aとの間で,以下の約定で,京都市a区b町c丁目d所在の鉄筋コンクリート造4階建の建物「甲」のe階f号室(以下「本件建物」という。)を賃借し(以下「本件賃貸借契約」という。),敷金20万円を預託したうえ,本件建物の引渡しを受けた。

① 賃貸期間  平成10年7月1日から平成11年6月30日まで

② 賃料    1か月5万5000円

③ 原状回復

本件賃貸借契約には,自然損耗及び通常の使用による損耗(以下併せて「自然損耗等」という。)について賃借人に原状回復義務を負担させる特約(以下「本件原状回復特約」という。)がある。

なお,甲1(以下「本件賃貸借契約書」という。)では「原状回復費用は家賃に含まないものとする。」と定められている。

④ 敷金の返還

本件建物明渡し時に原告が本件賃貸借契約に関し被告Aに対して負担する債務を控除した残額を本件建物明渡し後45日以内に返還する。

(2)本件賃貸借契約は1年ごとに合意により更新され,直近の甲29(以下「本件覚書」という。)による平成13年7月7日の更新合意(以下「本件更新合意」)で定められた賃貸期間は平成13年7月1日から平成14年6月30日までであった。

(3)本件賃貸借契約は平成14年6月9日終了し,同日,原告は,被告Aに対し,本件建物を明け渡した。

(4)被告B社は,被告Aの委託を受けて,前記「甲」について,賃貸借契約の仲介,賃貸借契約の締結・更新,建物の引渡し,建物明渡し時の立ち会い及び建物の原状回復等の管理業務を行っている。

(5)被告Aは,原告の本件建物明渡し後,本件建物の原状回復費用として20万円を要したとして敷金全額の返還を拒否した。

なお,被告Aは,被告B社に対し原状回復費用として20万円を支払ったが,同被告が補修業者に支払った15万4200円には自然損耗等による原状回復費用以外に原告に過失のある損耗による原状回復費用も含まれているが,両者を区分・特定することは不可能であり,上記15万4200円と未清算の水道代3297円を控除した残額は同被告の手数料・利益であると主張する(但し,上記3297円については未清算分はなかったとして主張を撤回した。)。

2 争点及び当事者の主張

(1)本件原状回復特約は無効か否か(争点1)

① 本件原状回復特約は民法90条により無効か否か

(原告)

ア 賃借物を使用収益すれば当然に自然損耗等が生じるから,使用収益の対価たる賃料には自然損耗等に対する対価が含まれており,賃料のほかに自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させることは使用収益の対価の二重取りであって,本件原状回復特約は賃借人の犠牲のもとに賃貸人を不当に利する不合理な規定である。

イ 住宅金融公庫融資物件については,本件原状回復特約のような契約条項は,裁判例でも住宅金融公庫法35条,同施行規則10条に違反するとして公序良俗に反し無効とされている。

本件では住宅金融公庫法の適用はないが,同法の趣旨・目的は同法の適用されない家屋賃貸借契約全般に妥当する常識的な考え方であり,家屋賃貸契約全般において公序の一要素を形成している。したがって,同法が制限する契約条項は同法の適用のない標準的な家屋賃貸借契約一般に妥当し,自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させる契約条項は賃借人にとって不当な負担であるといえる。

ウ 本件原状回復特約は,京都市消費者保護条例9条2号イの「消費者に著しい不利益をもたらす不当な内容の契約を締結させる行為」,同条例9条2号の不当取引を定める規則2条1号の「契約の解除又は取消しに際して,不当に高額又は高率の違約金の支払を義務付ける内容の契約を締結させる行為」,同条4号の「消費者に著しい不利益をもたらす事業者の免責に関する特約がある契約を締結させる行為」,同条9号の「前各号に掲げる行為に準じる行為」に該当し,同条例に違反する。

エ 国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(平成10年3月)では,「建物の価値は居住の有無にかかわらず,時間の経過により減少するものであること,また,物件が,契約により定められた使用方法に従い,かつ,社会通念上通常の使用方法により使用していればそのまま賃貸人に返還すれば良いとすることが学説・判例等の考え方であることから,原状回復は,賃借人が借りた当時の状態に戻すものではないということを明確にし,その考え方に沿って基準を策定した。」とされ,自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させないこととしている。

オ 国土交通省賃貸住宅標準契約書においても,「第11条 乙は,本契約が終了する日までに(第9条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては,直ちに),本物件を明け渡さなければならない。この場合において,乙は,通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き,本物件を原状回復しなければならない。」とされ,自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させないこととしている。

カ 賃借人はいくら説明を受けても通常の使用をしている限り敷金は返還されるものであるという認識があるから,特約の内容を説明するだけでは敷金問題の解決には限界があり,通常の使用をしていれば敷金は全額返還されるという運用がなされない限り市民からの苦情はなくならない。したがって,このような特約を無効とすることが社会的にも要請されている。

キ 過去の裁判例でも自然損耗等による原状回復費用を賃借人の負担とするためには,その必要性,暴利的でないことなどの客観的理由の存在が必要とされているが,本件ではその必要性も客観的理由もない。

ク 近時,京都市市民生活センターに寄せられている苦情では,常に賃貸アパート・マンションに関するトラブルがトップを占め,そのうちの多くは契約終了時の原状回復義務の範囲をめぐる敷金返還に関するトラブルであり,同センターでは市民及び賃貸人啓発のためのパンフレットを作成し,配布している。

ケ 公益法人であり,被告B社もその構成員である財団法人日本賃貸住宅管理協会京都支部の発行した「建物賃貸借契約に係る媒介等の業務の適正化について」と題する文書においても,建物室内・設備等の自然的な劣化・損耗等(自然損耗),賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常使用による損耗)の原状回復費用は賃貸人の負担とする合意が望ましいとされている。

コ 同団体京都支部の機関誌であると思われる「日管京だより夏季第19号平成13年6月1日」では,同団体の顧問弁護士Cは「従前は,自然損耗・経年変化・通常使用による回復についても,特約で借主に原状回復義務を認め,敷金から差し引いて請求していましたが,消費者契約法のもとではこの扱いが認められなくなる可能性が大となっています。」と自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させる条項の不当性を認めている。

サ 現在,被告B社が賃貸人に勧めている同被告作成の賃貸住宅約款では本件原状回復特約は使用されていない。これは同被告が本件原状回復特約の不当性を認めている証左である。

シ 以上によれば,自然損耗等による原状回復費用を賃借人の負担としないことは,法の本質,住宅金融公庫融資物件の賃貸借契約,行政指導,一般市民法感情等において当然のこととされており,公の秩序を構成しているというべきである。したがって,これに反する本件原状回復特約が公序良俗に反し無効であることは明らかである。

(被告ら)

ア 賃借物には土地のように使用収益によって損耗の生じないものもあれば,貸衣装等のように使用収益によって損耗の生じるものもあり,賃料の内容に使用の対価以外に原状回復費用等を含めるかどうかは私的自治,契約自由の原則によるのであって,賃料に自然損耗等による原状回復費用を含めず,これを別途賃借人の負担とすることも私的自治,契約自由の原則より許される。

そして,本件賃貸借契約書では賃料には原状回復費用を含まないことが明記されている。

イ 本件建物は住宅金融公庫の融資を受けて建築された建物ではないから,住宅金融公庫法の適用はない。

ウ 京都市消費者保護条例は,商品の売買と役務の提供に適用されるものであり,建物賃貸借契約には適用されない。

仮に同条例の適用があるとしても,本件原状回復特約は賃借人に著しい不利益をもたらす不当な内容のものではなく,同条例9条2号の不当取引を定める規則2条1号の「契約の解除又は取消しに際して,不当に高額又は高率の違約金の支払いを義務づける内容の契約を締結させる行為」,同条4号の「消費者に著しい不利益をもたらす事業者の免責に関する特約がある契約を締結させる行為」又は同条9号の「前各号に掲げる行為に準じる行為」のいずれにも該当しない。

また,万一,本件原状回復特約が同条例に違反するとしても,本件原状回復特約の私法上の効力に影響を及ぼすものではない。

エ 国土交通省ガイドラインは何ら法的拘束力を有しない。

オ 国土交通省賃貸住宅標準契約書の使用は法令で義務づけられてはいない。

カ 原告は本件賃貸借契約書以外に乙1の「原状回復等に関するご連絡」にも署名押印し,本件賃貸借契約締結時に原状回復費用を控除すると敷金が返還されない場合もあることを十分認識していた。

キ その余の原告の主張はいずれも失当である。

② 本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効か否か

(原告)

ア 同法は,平成13年4月1日施行され,施行後に締結された消費者契約に適用がある。

本件賃貸借契約は本件更新合意により更新されているが,本件更新合意においては,賃貸期間を伸長させるだけでなく,本件原状回復特約についても原契約どおりとする合意がされているから(本件覚書5項),本件更新合意も消費者契約法の適用される消費者契約にあたる。

イ 同法1条によれば,同法は,消費者と事業者との間の情報の質・量及び交渉力の格差から,消費者は事業者が用意した契約条件で契約せざるをえず,そこに交渉が入る余地はほとんどないことから,消費者に不当な契約条項を無効とすることにより,消費者の利益を図ろうとするものである。

この点から,同法10条に違反するか否かの判断基準としては,事業者の反対利益を考慮しても,なお,消費者と事業者との間の情報の質・量及び交渉力の格差の是正を図ることが必要であると認められる場合,具体的には当該契約条項によって消費者が受ける不利益とその条項を無効にすることによって事業者が受ける不利益とを比較考慮し,両者が均衡を失していると認められる場合にはその条項は無効とされるべきである。

これを本件原状回復特約についてみると,賃借人は,物件の広さ,間取り,立地条件,築年数等により賃料が高いか安いかを判断することはできても,退去時にいくらの原状回復費用を請求されるのかについてはほとんど情報を持ち合わせていない。したがって,本件のように退去時の原状回復費用基準表が示されていても,例えばクロス1メートル単価の記載があったとしてもそれが,退去時に何メートル貼り替えられ,いくらになるのかなど全く予想がつかない。これに対し,賃貸人は,事業者として有する情報及び同じ賃貸物件についての過去の経験から,どこをどう直せばいくらの費用を要するかを予め想定し,判断できる。このような消費者と事業者と間の情報量及び契約締結時の交渉力の格差を考慮したうえで,さらに,使用収益の対価としての賃料を支払い,普通に使用していても原状回復費用として後から二重に費用負担をさせられる賃借人の不利益と本来事業者間の競争原理に基づき原状回復費用を負担して当然の賃貸人の不利益を比較した場合,著しく均衡を失していることは明らかである。

したがって,本件原状回復特約は同法10条により無効である。

(被告ら)

ア 本件賃貸借契約及びこれに付帯する本件原状回復特約は消費者契約法の施行前に締結されており,同法施行後,本件更新合意がされたが,本件更新合意は新たな契約の締結ではないから,消費者契約法の適用はない。

実質的に考えても,本件賃貸借契約に同法の適用があるとするならば,それは法律の遡及的適用であり,事業者に予期できない不利益を生じる可能性があるから,同法の適用はないと解すべきである。

イ 仮に本件原状回復特約に消費者契約法の適用があるとしても,賃借人は前賃借人の費用により原状回復された状態で入居し,退去時に入居時と同じ状態に戻す内容であり,賃借人に快適さを与え,賃貸人にとっては賃借人確保・負担軽減に繋がり,賃貸借関係を円滑にするものである。また,賃借人は前賃借人により原状回復された建物に入居して利益を得ながら原状回復費用を負担しないまま退去できるとすれば,賃貸人は自己の費用で原状回復をしなければならず,その結果,賃貸人は賃料を上げざるを得なくなり,無用な賃料の上昇を招くことを考慮すれば,本件原状回復特約は民法1条2項に規定する基本原則に反するものではないし,消費者の利益を一方的に害するとはいえない。また,本件原状回復特約の内容は明確で理解も容易であるうえ,原状回復費用の単価等は詳細・具体的に定められており,原告はこれを読み,説明を受けて承諾していたから,原告の利益を害してはいない。

(2)仮に本件原状回復特約が無効だとしても,原告は,本件建物明渡しの際,原状回復費用を控除すると返還すべき敷金はないとの説明を受け,これを了解したか否か(争点2)

(被告A)

原告は,本件建物明渡しの際,被告B社の担当者Dから,部屋の汚れが通常の使用による破損,汚損の範囲を超えていること及び原状回復費用を控除すると敷金の返還はできないことの説明を受け,その場で了解した。

(原告)

原告が本件建物明渡しの際に被告B社の担当者から聞いたのは,敷金の返還金額は後日連絡するといった程度であり,改修箇所はおろか改修の必要性についても説明は受けていない。

(3)被告B社の不法行為の成否(争点3)

(原告)

被告B社は,管理会社としての専門的知識を有しており,無効な本件原状回復特約の使用を勧めてはならない注意義務があったにもかかわらず,この注意義務に違反して,本件賃貸借契約書及び本件覚書を作成して被告Aに使用させ,さらに,本件建物明渡しの際に,原告に対し,本来負担する義務のない自然損耗等による原状回復費用について負担する必要があると告知し,敷金からの控除を行って上記費用を原告に負担させた。

したがって,被告B社には不法行為が成立する。

(被告B社)

被告B社は本件賃貸借契約書等を作成し,これを被告Aに提示したが,それらを使用するか否かは同被告が決定したことであり,被告B社が被告Aに使用を強制したものではないうえ,自然損耗等についての原状回復特約を有効とする裁判例もあり,本件原状回復特約が明らかに無効であるとはいえるような状況でなかったから,本件原状回復特約を含む本件賃貸借契約書等を作成し,その使用を勧めたことが不法行為にあたるとはいえない。

また,本件原状回復特約は本件賃貸借契約において定められており,本件建物明渡しの際の告知によって原状回復義務が発生するわけではないから,このような告知を不法行為というのは主張自体失当であるうえ,自然損耗等についての原状回復特約を有効とする裁判例もあるから,自然損耗等について原状回復義務があると告知することは不法行為とはいえない。

(4)被告B社の不法行為により原告の受けた損害の有無・額(争点4)

(原告)

原告は,被告B社の前記不法行為により,敷金20万円相当の損害及び弁護士費用10万円相当の損害を受けた。

(被告B社)

本件原状回復特約により原状回復費用を控除すると返還すべき敷金はないから,原告は敷金返還請求権を有しておらず,原告に損害はない。

仮に本件原状回復特約が無効だとすれば,原告は敷金返還請求権を有しているから,被告Aに支払能力がないなど敷金の回収ができない場合でなければ,原告に損害が生じたとはいえない。

(5)原告の不法行為の成否(争点5)

(被告B社)

原告の第2事件の訴え提起は,敷金返還の法律関係にあるのは原告と被告Aであるにもかかわらず,被告B社を訴訟に引き込み,被告Aに圧力をかけて有利な解決を図ることを目的とした不当なものであるから,不法行為が成立する。

(原告)

被告B社の主張は否認する。

(6)原告の不法行為により被告B社の受けた損害の有無・額(争点6)

(被告B社)

被告B社は,原告の前記不法行為により,応訴のための弁護士費用20万円相当の損害を受けた。

(原告)

被告B社の主張は否認する。

第3 争点に対する判断

1 争点1について

原告は民法90条による無効と消費者契約法10条による無効を択一的に主張するが,本争点に関して民法90条と消費者契約法10条は一般法と特別法の関係にあるから,先に消費者契約法10条による無効の主張について検討する。

(1)消費者契約法の適用の有無

① 本件賃貸借契約は同法施行前に締結され,本件更新合意は同法施行後に締結されているが,このような場合,更新後の賃貸借契約に同法の適用があるか否か検討する。

② 更新の効果について検討すると,民法619条1項(黙示の更新)の「・・・前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト推定ス」との規定,旧借地法4条1項(請求による更新)及び6条1項(法定更新)の「・・・前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス」との規定並びに旧借家法2条1項(法定更新)の「・・・前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト看做ス」との規定(なお,借地借家法5条1項,26条1項は「・・・従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす」と規定しているが,趣旨は旧借地法,旧借家法と変わらないと解される。)によれば,更新により存続期間の満了により終了した従前の賃貸借契約と同一条件の賃貸借契約が成立する。

これに加えて,本件覚書では,今後の賃貸期間を定めるだけでなく,賃料及び共益費の改定並びに新たな特約条項の設定を行うこともあり得ることが想定されていたうえ,改定されなかった契約条項については従前の契約どおりとすることが定められていることを併せ考慮すれば,本件更新合意により従前の賃貸借契約と同一条件(なお,本件更新合意では契約条項の改定はなかった。)の賃貸借契約が成立したといえる。

③ 以上によれば,消費者契約法の施行後である平成13年7月7日に締結された本件更新合意(但し,本件覚書によれば,更新の効力は同月1日をもって生じさせる趣旨と認められる。)によって,同月1日をもってあらためて本件建物の賃貸借契約が成立したから,更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。したがって,従前の契約どおりとされ(甲29の5項),更新後の賃貸借契約の内容になっている本件原状回復特約にも同法の適用がある。

また,実質的に考えても,契約の更新がされるのは賃貸借契約のような継続的契約であるが,契約が同法施行前に締結されている限り,更新により同法施行後にいくら契約関係が存続しても同法の適用がないとすることは,同法の適用を受けることになる事業者の不利益を考慮しても,同法の制定経緯及び同法1条の規定する目的に鑑みて不合理である。

(2)本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効か否か

① 賃貸借契約が終了したときは,賃借人は目的物を返還しなければならないが,賃貸期間中の使用収益により目的物に物理的変化が生じることは避けられないところであるから,民法上,賃借人は,契約により定められた用方又は目的物の性質に応じた通常の用方に従って使用収益をした状態で目的物を返還すれば足りるといえる。

したがって,本件原状回復特約は賃借人の目的物返還義務を加重するものといえる。

② 本件原状回復特約が賃借人の利益を一方的に害するものか否か検討する。

ア 本件賃貸借契約書では賃料には原状回復費用は含まないと定められているから(争いのない事実(1)③のなお書き),原状回復費用を賃借人の負担とする合意は,賃料の二重取りにはあたらないから,契約自由の原則により,合意どおりの効力を認めてよいとの見解も考えられる。

しかし,賃借人が,賃貸借契約の締結にあたって,明渡し時に負担しなければならない自然損耗等による原状回復費用を予想することは困難であり(したがって,本件のように賃料には原状回復費用は含まないと定められていても,そうでない場合に比べて賃料がどの程度安いのか判断することは困難である。),この点において,賃借人は,賃貸借契約締結の意思決定にあたっての十分な情報を有していないといえる。また,本件賃貸借契約のように原状回復費用の単価等が定められている場合であっても-そのような定めがない場合はなおさら-具体的な自然損耗等の有無,原状回復の要否又は原状回復費用の額は明渡し時でないと明らかにならない。さらに,賃借人が自然損耗の有無等を争おうとすれば,敷金返還請求訴訟を提起せざるを得ず,この点も賃借人にとって負担となる。

なお,本件のような集合住宅の賃貸借において,入居申込者は,賃貸人又は被告B社のような管理会社の作成した賃貸借契約書の契約条項の変更を求めるような交渉力は有していないから,賃貸人の提示する契約条件をすべて承諾して契約を締結するか,あるいは契約しないかのどちらかの選択しかできないことは明らかである。

イ これに対し,賃貸人は将来の自然損耗等による原状回復費用を予想することは可能であるから,これを賃料に含めて賃料額を決定し,あるいは賃貸借契約締結時に賃貸期間に応じて定額の原状回復費用を定め,その負担を契約条件とすることは可能であり,また,このような方法をとることによって,賃借人は,原状回復費用の高い安いを賃貸借契約を締結するかどうかの判断材料とすることができる。

ウ 以上の点を総合考慮すれば,自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させることは,契約締結にあたっての情報力及び交渉力に劣る賃借人の利益を一方的に害するものといえる。

③ 以上によれば,本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効であると解するのが相当である(本件原状回復特約が民法90条により無効か否かを判断する必要はない。)。

なお,本件原状回復特約は無効であるから,原告には自然損耗等による原状回復費用の支払義務はないが,原告に過失のある損耗による原状回復費用の支払義務はある。しかし,争いのない事実(5)のなお書きによれば,原告に過失のある損耗による原状回復費用の内容・額は特定されておらず,それを認定できる証拠もないから,結局,敷金から控除できる原状回復費用があるとは認められない。

2 争点2について

本件全証拠によっても被告Aの主張する事実は認められない。

3 争点3について

被告B社が本件原状回復特約を含む本件賃貸借契約書等を作成し,被告Aにその使用を勧め,同被告がその勧めに従ってこれを使用したことは弁論の全趣旨により明らかであるが,本件賃貸借契約締結時又は本件更新合意時において,本件原状回復特約が無効であることが明らかであったとは認められないから,被告B社に注意義務違反があったとはいえない。

また,本件建物明渡し時における自然損耗等による原状回復義務の告知は,本件原状回復特約に基づき行われたものであり,本件建物明渡し時において,本件原状回復特約が無効であることが明らかであったとは認められないから,注意義務違反があったとはいえない。

したがって,被告B社の不法行為は成立しない(争点4について判断する必要はない)。

4 争点5及び争点6について

本件賃貸借契約締結時又は本件更新合意時において,本件原状回復特約が無効であることが明らかであったとは認められないが,これを無効とする裁判例もあり,また,本件原状回復特約を含む本件賃貸借契約書等の使用を決定したのは被告Aであるが,これらを作成し,その使用を勧めたのは被告B社であることは弁論の全趣旨により明らかである。そして,原告が不当な目的をもって第2事件の訴え提起をしたとは証拠上認められない。

以上によれば,原告の第2事件の訴え提起は違法であるとは認められないから,不法行為は成立しない(争点6について判断する必要はない。)。

第4 結論

以上によれば,第1事件の原告の請求は理由があるから認容し,第2事件の原告の請求及び第2事件反訴の被告B社の反訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

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